water_sky’s waterbound diary

酒に溶かしたやり場のなさと打ち明けられた愛のあいだ、泥の川とディラックの海のあいだ

天狗の冷泉[福島県昭和村]☆☆☆☆

「冷湖(ひゃっこ)の霊泉」を紹介した後だとベタというか、自然な流れではあるんですが、「天狗の冷泉」です。昭和村側から国道を南下して駒止湿原に向かうと、その途中に湧いているのですが、立て札がないと気づかないような場所に唐突な湧き方をしています。

天  狗  の  冷  泉
 
 インターネットの情報によれば、昔この辺りは「天狗山」と呼ばれ、豪族が城を築いていたとのことですが、現在は深い森に覆われとてもそんな雰囲気は感じられません。
 湧き水はまるで地中に埋められた導管から出てくるがごとく、道路側に低く張り出した山の斜面に穴を穿ち、そこから直線的に水を吐き出しています。深い雪山だからこそなのでしょう、こんな湧き出し方、茨城などではとても見かけることはない。"天狗の冷泉"という名前からも、ちょっと口に含むのが恐ろしくすら感じられる。
 

 ところで現地は国道が走っているとはいえ、道路を外れれば両側はすぐに深い森。天気のすぐれない早朝、いつクマが出てきてもおかしくない状況で怖いので、迷惑千万は承知ですがカーステを鳴らしたままにしておきました。上の動画でもやかましくベース音が鳴っていますが、かかっているのはディアンジェロの新譜「Black Messiah」です。

 アルバム全体を通して、すさまじいグルーヴの塊。盟友クエストラヴはともかく、現代のシーンを代表する名手クリス・デイヴを起用していることからも、グルーヴを主題にしたサウンドづくりにより重きがおかれていることがうかがえます。一聴してドラムスを中心とするリズムがとくに難しく複雑なことをしているようには思えない。でも気持ちいいところにバシバシくる。8曲目あたりのリズムの"モタリ"など明らかだし(鐘の音が凄いですよね)、2曲目などは「バードマン」かと思いました(明らかにこの両者は同じテーマを掲げているし、シェイクハンドしてますよね)。衝動がグルーヴの中に溶かし込められている。映画「セッション!」と対比をなすかのようなサウンドに、ディアンジェロの提示する現代性をひしひしと感じるわけです。

 菊地成孔氏はかの映画における主人公、そして映画のもつテーマを「リズム音痴のガキが、ジャガジャガうるさいばかりの不快なドラミング/早く手を動かせば偉いと思っている、バカ以下のガキ/リズムとグルーヴの神に振られた哀れな」と評価していますが、基本的にグルーヴはスネアのひと叩きだけで発生し、波となって私たちの心を揺さぶったりたゆたわせたりする。ディアンジェロのこのアルバムを聴けば、そのことがはっきりと分かります。私たちは、というか私はこのように生きなければならないのだ、このようなグルーヴを感じ、あわよくば発生させなければならないのだ、こんなドラムを叩かなければならないのだ、と痛感させられる。

 とにかく、この濃密なグルーヴがまるで楽園のようなスムースネスで包まれているのが奇跡的なディアンジェロの「Black Messiah」。そしてそれはつまり、(そこの厳しい生活を知らぬ無責任さと旅行者の気楽さでもって)奥会津が楽園であることを(強引な解釈でもって)示唆しているのです。