大網の桜(仮称)[城里町大網]
唐突ですが、皆さんは「小沢の桜」をご存じでしょうか。知らない奴はGet out there.

奥の移ケ岳(994m)の稜線が美しいですね
小沢の桜は福島県の中通りに立つ樹齢100年のソメイヨシノです。2000年の映画「はつ恋」のクライマックスシーンに使用されたことで有名になったそうですが、ご覧の通り畑の中にお堂と共にぽつんと佇む姿は日本の原風景を体現しているかのようで、非常に風情がありますね。場所は田村市船引町で、船引と聞くと日本の三大桜「三春滝桜」ばかりでなく"美人は三日で飽きる"ことが腑に落ちるほどの美しくもおびただしい桜の群れで手が付けられなくなっていると言っても過言ではない三春町に至る最寄りの磐越自動車道インターチェンジである船引三春が想起されます。昔、まだ陽ののぼらぬうちに料金所に車を入れると、係員の方が「滝桜ですか?」なんて声をかけてくれたものですが、その三春滝桜よりもさらに東に入った山際の平野部です。このあたりや田村市、小野町においても一本桜は多いですが、その中でも一、二を争う景勝といえるでしょう。

訪れたのは5月だったので見頃は過ぎていた
そういった、誰もが目を奪われる景勝地が家のすぐ近くにあればなあ…と思ったことのある方は多いんじゃないでしょうか。思わぬ奴もGet out there.
玄関開けたら2分で三春、なんてなことになったら天国に至ったような心持ですが、それはもう三春町民である。引っ越せというのか。私がGet out of here.
と、さすがに玄関開けてとまではいかずとも、近傍に小沢の桜もかくやという桜があったらどうしますか。行くよね。なんと県内にもあるのでした。
場所は県央部・城里町。前回ご紹介した「菖蒲沢湧水」も城里町でしたが、そちらは旧桂村域。こちらは旧七会村域で、笠間市との境に位置する大網地区がめざす「大網の桜」(仮称)のあるところです。

いかがでしょう。高台に立つソメイヨシノとお堂。小沢の桜に似ていませんか? 小沢の桜のお堂は子安観音が祀られ、こちらのお堂には傍らに聖観音菩薩を示す「サ」の梵字とその下に判別困難ですがおそらく「朝日観世音」と刻まれた石が置かれています。また、Googleマップでは「朝日観音堂」というふうに記載されています。その名の通りか、まさに朝日を望む方角を向いています。小沢の桜は南西の方向に建てられているでしょうか。

用水路に架けられた今にも崩落しそうな木橋をおそるおそる渡り、今にも崩落しそうな坂をおそるおそる上ると、お堂と桜の直下に立つことができます。小沢の桜もソメイヨシノとしてはかなりの長寿ですが、こちらもなかなか年季が入っていると思いませんか。本当はお堂の正体と、桜の樹齢を地元の方にうかがえればよいのですが。
そもそも、この桜の存在を知ったのもよく覚えていないのです。確かネットの情報を見たはずなんですが、今ではどこを探してもこの大網の桜について正式な記載は一切ありません。先人が「大網のお堂の桜」とか「朝日観音桜」などと名を付けていておかしくない素晴らしい桜なのですが、そういうわけで私のブログでは仮称とさせていただきました。もしかしたら名前もあるのかもしれません、そのあたりも含め、いずれ地元の方に聞き取りができたらと思います。
さてでは、もう少し小沢の桜と同じようなアングルを探してみましょうか。とはいえ、意気揚々と出かけた今年はあいにくの雨で、白っちゃけた空にどうも桜も映えない。花はちょうど見頃なのだが…



今年の4月上旬は雨模様が多かったですが、数少ない晴れの日を狙って一念発起して出かけてようやく撮ったのが、下の1枚。雲が取れず、今日はここまでかと帰路に就いたら、ほどなく東の空からきれいに晴れ上がっていて、もう少し粘れば…と悔やんだ日でした。

桜が開花してから何度目かの雨の後、諦めきれずに向かったのが下の1枚。さすがに花の色が濁ってしまっているように見えますが、何と言うか、時間帯と撮影者の腕のせいのような気がする。

小沢の桜は「日本の原風景のようだ」として称賛されていますが、背後に遠くそびえる移ケ岳のシルエットが立体感と奥行きを与えています。その不変の雄大さと静穏さが、日本の原風景と呼ぶにふさわしいものかもしれません。大網の桜も雄大さこそかなわないかもしれませんが、負けず鎮守のような静穏さを秘めて、里を見守っているように見えます。晴れた春の朝に、ぜひ出かけてみてください。

菖蒲沢湧水[城里町岩船]☆
どうも。そろそろ生成AIに仕事をぜんぶ奪われてしまうんじゃないかと戦々恐々としているが、実は全然関係なくてただ単に仕事ができないだけであることに未だ気づこうとせず日がな一日部屋にこもってAIと楽しいおしゃべりを繰返しています。誰でもできる簡単な仕事で腹いっぱい飯を食えるのがよい社会…
それにしても、イラン情勢は先が見えませんで、これを書いている3月下旬において、未だもって原油もこの先どうなるか全く不透明です。昔、ガソリン価格が160円に達した時に「湧き水汲みになんて気軽に行けなくなっちゃったよ」なんて笑いながら言っていましたが、いよいよ冗談ではなくなってしまいました。湧き水どころかそもそも車が動かせなくなってしまうかもしれない。ガソリンのみならず社会を支えてきたあらゆる生活インフラが一斉に停止してしまうリスクが顕在化してしまいました。だからこそ、歩いて行ける距離に水が湧いていることに多大なる価値があるのだ…
そんな、気軽に水を汲みに遠出していた牧歌的な時代にぼんやりと思いをはせつつGoogle mapを漫然と眺めていたある日、"湧水"の文字を発見してしまいました。場所は、タイトルにもあります通り城里町。字名が「岩船」となると、式内社である「石船神社」が鎮座しており、私も何度も足を運んだ地域です。あの近くにまさか湧き水があったとは、寝耳に湧き水、泣きっ面に湧き水、二階から湧き水。Google mapに登録してくださった猿田幹雄様、勝手ながらここに感謝申し上げます。
というわけで、AIとの楽しく絶望に満ちたおしゃべりを放り出して、早速向かいました。その前に久々に石船神社から立ち寄ってみたいと思います。

創建:不詳(貞観元[859]年以前)
御祭神:鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのみこと)
別名・天鳥船神(あまのとりふねのみこと)
御神体:兜石・船形石
こちらの石船神社、特筆すべきは何と言っても式内社であること。とんでもなく歴史の長い神社であるということですね。御祭神である鳥之石楠船神は『古事記』において、建御雷神(=武甕槌神、たけみかづちのみこと、鹿島神宮の主祭神)の副使として共に地上平定に降り立ったということです。こんな山の中にわざわざ降り立ったんでしょうか。それとも宿営地にしたんでしょうかね。拝殿は東向きですが、ちょうどその正面は切り立った崖になっていて、風除けになりそうな地形です。何より河原へのアクセスが容易で、東進して下ってきた岩船川が崖にぶつかって北に進路を変えるポイントであり、その内側の平らなスペースが確保できます。キャンプ地に最適! 今では拝殿奥にお隠れの兜石で体を隠すこともできたであろうから、敵の襲来にも安心!
では国譲り当時からアウトドア最前線であった境内へと入っていくことにします。北向きの石鳥居をくぐって参道を進むと、ほどなく右手に大きな丸い石とその上に建てられた灯籠(岩船石)が現れます。そこから右に斜面を下ると矢の根石が鎮座。


その名の通り、境内至るところに石がちりばめられています。石造りの神橋を渡ると正面に拝殿、その奥には本殿の代わりに御神体である兜石。拝殿の左側に流れる岩船川のほとりにはこちらも御神体の船形石。



日本神話のプリミティブなありようを自然の中で追体験した今では、キャンプにおいて水の確保がいかに重要かが分かっていただけたのではないかと思います。高天原だと水もそんな豊富にあるわけではないでしょうから、葦原中国に降りてきた時には喉も乾いたに違いありません。さすが「鳥」であって「船」でもある鳥之石楠船神のことですから、どこに降りればいいかを熟知しているわけです。そんなわけで小径をちょいと下ればすぐに岩船川の清流に至れるのは大きなメリットがある地であることが、理解できるのであります。しかしいかな清流といっても川は川、ひとたび雨が降れば忽ちにして濁流と化すのであって(岩船川の写真をご覧ください、奥に堤防が築かれています。今はおとなしい清流である岩船川も、結構厳しく崖の壁を穿っていたのかもしれません)、濁ってしまえば飲用には使えません。
ですから、今回ご紹介したい菖蒲沢湧水をセカンドチョイスとして持っておくのが有用なのだと、先ほど私が申し上げた次第なのです(特に申し上げてない)。
それではいよいよ向かってみましょう。石船神社からは車で5分とかかりません。車1台が通れるくらいの舗装された細い林道に入って斜面を上っていくと、右手に看板があります。そこから歩いて奥に進んでいくと湧いています。菖蒲沢、と聞くと何だかいかにも見目麗しいような、いずれ菖蒲か杜若なんてな美人が黒髪を垂らしつついそいそと手を流れに浸しつつ冷たがるしぐさ、いみじうをかしけり。どんなにか美しい沢と湧き水がボクを待ってるんだろ~か。などとウキウキして水場に向かうと…
なんじゃこりゃあ…!!

ごちゃっ… なんか藪化してる…。いやでも悪くはないぞ、少々気味が悪いだけで、清らかな水が出てる感じがしないでもない。小径の奥の行き止まりに井戸のようなものが見える。なるほど、近くの菖蒲沢から引いた水をあそこに溜めてろ過したものが湧出しているのかしらん。何となく嫌な予感をはらみつつも湧出口をのぞき込む。


うっ… 赤さび… これほど尋常じゃないほどに赤く染まっているのは初めて見た。

水流までみごとに真っ赤になってしまっている。鉄バクテリアがかなり発生しているのでは? これではさすがに口をつけるのもためらわれる。赤さびの原因は水に含まれる鉄分が酸素と結合して酸化鉄となるためだそうですが、公害汚染にしか見えないんですけど…。多くは地下の土壌由来によるものということで、私が先ほどまで勝手に描いていた菖蒲沢の青々としたイメージはかように崩れ去ったわけです。さらにぬかるみぎみの小径は獣によってヌタ場と化しているようで、ちょっと居心地の良い空間ではなく…、そそくさと立ち去ることとなりました。
再びGoogle mapに戻って湧き水はないかと"物色"するわけですが、そうそう見つかるものでもない。県北から県央部の湧き水はあらかた行ってしまっているし。そんな中でたまたま見つけた菖蒲沢湧水。飲用という点では残念な結果でしたが、実はまだ知られていない湧き水が多数、とはいかないまでも少しはあるんじゃないかと期待しているんです。なのでマップ登録よろしくです!(他力)

「冬の終りに」という曲を作った
どうも、あけましておめでとうございます。暑さ寒さも彼岸までなんてなことを言う人がありますが、今年もいささか極端すぎる三寒四温によって、しかし確実に冬の終りと春の訪れは近づいています。そしてその事実を先取りするかのように、気づけば色とりどりの花々が地上をにぎわせています。





そんなさなか、「冬の終りに」という曲を作りました。今回もまたSUNO AIに作曲を依頼しています。
歌詞は私が付けました。お暇でしたら、聴いてみてください。
冬の終りに雨が降る
雨が降ると冬が霞んで消える
なにもなかったように
手の中だけあたたかい
冬の終りに街が光る
芸術館の砂利がきしむ
何か忘れてしまったこと
思い出さなくていい
硬い薔薇の棘をつかんで
指に空いた穴を見つめて
代わりに埋め合わせた
春はもうこないよ でもあの春はあたたかいよ
夢の終りにきみがくる
嫌になるほど霞んで見える
硬い薔薇の棘をつかんで
指に空いた穴を見つめて
代わりに埋め合わせた
きみの頬に雨が降る
きみの頬が濡れて光る
冬の終りの花が咲き
きみの頬にゆれている
春はもうこないよ でもあの春はあたたかいよ