water_sky’s waterbound diary

酒に溶かしたやり場のなさと打ち明けられた愛のあいだ、泥の川とディラックの海のあいだ

ワキミズモドキ#常陸大宮市

 少し前にご紹介した、旧水府村(現常陸太田市)の石久保の清水で思い出したのですが、こういった沢の水を樋で通して湧き水のような機能を持たせている水場をよく探していたことがありました。言い方こそ悪いが、愛着を込めて「ワキミズモドキ」と称して、少しご紹介してみましょう。

 

 常陸大宮市の某所、山間の狭く急な道を上って峠様の場所を越えるとあたりはぱっと開け、眼下に田畑と民家がぽつぽつ点在するのが眺められた。道はそのままゆったりと下りに転じ、向かいから下ってくる谷との合流点に向かってわりと真っすぐ伸びていく。田畑はその谷間に広がっており、それを左に見ながら谷の縁に道がつけられてなだらかに下る。右側がすぐ近くまでせり出した森で、そちらの方に何となく目をやりながら進んでいくと、勃然とそれは現れた。「ワキミズモドキ」である。

f:id:water_sky:20190206154819j:plain

 

 はじめ、これは湧き水そのものであるように見えた。心躍らせて近寄ってみるとしかし、これは立派なワキミズモドキである。森からの葉や草が覆いかぶさってうまくカムフラージュされているのだが、実は沢が流れており石壁でせき止めたところを、管を通して水を流しているのであった。畑仕事の合間に利用できるよう水場は整備され、年月によって使い込まれた寂びれよう、そしてさりげなく置かれたコップ、何もかもが実に自然かつ巧妙であり、ワキミズモドキとして一級の趣がある。おまけにドクダミの白い花をまとうことで里山の持つはかない美しさと素朴な可憐さをも併せ持ち、そのすぐれた芸の粋をあげつらえば枚挙に暇がない。

f:id:water_sky:20190206155428j:plain

  

f:id:water_sky:20190206160011j:plain

 

 このように、里山には湧出する水のほかに、その豊かな水資源をうまくあるいは適当に利用した産業遺構としての「ワキミズモドキ」が至るところに存在する。ただこういったワキミズモドキは里山と密接にかかわりがあるために、車で漫然と移動するだけではなかなか見つからないというのが実情で、足繁くひとつの地域に通ってやっと見つかるような、まあ専門家か相当な暇人でもないとやれないものなのである(僕は暇人だが、「相当な」とまではいかない)。だからこそ、偶然の出合いに感謝しつつブログにしたためることで、この消えゆくある風景を歴史に焼き付けておきたい。焼き付けて、後は野となれ山となれ。どこにも力なんて入れてない、お前の無駄な力を利用したんだ。力の流れをコントロールするんだよ。そのためにはどんな動きにも対応できるように全身の力を抜いて… そう、水みたいになるってことだ。水は湧き水にもなれるし、ワキミズモドキのようにぽっさり流れることも、滝のように激しく打つこともできるだろう? だから友よ、水になるんだ。

 
 コントロールできなかったのでこんな感じになってしまったけど、まあいいでしょう。付近には家和楽神社があり、苔むした鳥居が非常にフォトジェニックですが、この鳥居、丈が3メートルもないくらい低く珍しい造りであります。
f:id:water_sky:20190206162925j:plain
 
 みんなも素敵で素朴なワキミズモドキを探しに行こう!